【体験談】年収500万円の介護士。利用者にケガをさせてしまった時『辞めたい』と思った。

本記事では、老健で10年間働いている男性の体験談を紹介しています。

人手不足により利用者さんにケアが行き届かず、転倒してケガをさせてしまったことに後悔と上司に憤りを感じてしまったエピソードや

介護士として『大変』と痛感することをお伝えしています。

ぜひ参考にしてみてください。

老健で10年働いている男性のプロフィール

プロフィール
  1. 30代(男性)
  2. 都道府県:愛知県
  3. 介護職歴:13年
  4. 対象の老健での勤務年数:10 年
  5. 老健の従業員数:100名程度
  6. 保有資格:社会福祉士 介護福祉士 介護支援専門員
  7. 年収:500万円位
  8. 処遇改善手当:月15000円+特別処遇改善手当:月20000円

老健での給料【詳細】

基本給は20万円くらいです。

手当としては処遇改善手当が月15000円、特別処遇改善手当が月20000円、夜勤手当が1回5000円で月に4~6回夜勤があります。

住宅手当が月10000円、配偶者手当が月15000円、子供手当1人につき月10000円です。

ボーナスは年に2回で計4ヶ月分です。

昇給額は年2000~4000円位です。

サービス残業は毎日あり、日によりますが日に30分~1時間程度です。

老健では、『移動介助』と『食事の準備』が大変

①排泄ケア(移乗介助含め)

入所者様をトイレへお連れして、便座への移乗、排尿・排便の確認、陰部洗浄・拭き取り、パット類の交換を入所者様の動作能力に応じて行います。

便座に座ることが難しい方については、ベッドへお連れし、移乗・臥床介助、ベッド上で陰部洗浄・オムツ交換を行います。

入所者様がワンフロアに45~50人位いるので、全員終わるまでに1時間30分位かかります。

ひたすら排泄ケアを行うのですが、体重の重い入所者様や麻痺が強い入所者様もたくさんいるので、便座やベッドへの移乗介助時は大変な重労働です。

日勤では9時、13時、16時に排泄ケアを行うのですが、その他の時間でも入所者様から希望があった際は、その都度対応するため、1日中ずっと排泄ケアを行っているように感じ、ウンザリしてしまいます。

抱きかかえ、移乗介助を行う際に腰を痛める職員(私も含め)がたくさんおり、施設内では職員の「腰が痛い!!」という声があちこちで聞こえます。

私も腰痛持ちのため、コルセットと痛み止めの薬が手放せません。

②水分・食事準備

私が働く施設では、外注の厨房から運ばれてくる食事を一人一人の嚥下機能・食事量に合わせてセットします。

主食は、粥(三分・五分・七分・全粥)、軟飯、常食があります。

副食は、ミキサー食(ゆるめ・普通・固め)、ソフト食、みじん刻み食、刻み食、1口大、常食があります。

個々の食事量に応じて、主食・副食はそれぞれ1/3量、1/2量、全量の設定があります。

お茶・お汁などの水分にトロミが必要な方には、嚥下機能に応じて医師・看護師・言語聴覚士が決めた濃度(ドレッシング状、はちみつ状、ポタージュ状、ヨーグルト状)のトロミをつけます。

その他、専用の自助具(スプーンやフォーク、食器)を使用する方がいたり、『ご飯は小茶碗に盛り付けて欲しい』など細かい注文をつける方も多くいます。

そのため、とても複雑な準備となります。

水分・食事形態は、体調などに応じて、次々と変更されていくため、覚えきれず苦労しています。

利用者にケガをさせてしまった時は『辞めたい』と痛烈に落ち込んだ

1番辞めたいと感じるのは、入所者様が転んで怪我をされた時です。

まず、痛々しい状況を見るだけで心が痛みます。

また、再発防止のため、事故原因を検証していくのですが、ほぼ介護職員が責められることになります。

他の入所者様の介助中に事故が起きてしまったり、少ない職員で精一杯やっていた際に起きてしまう事故もたくさんあり、自分の中で処理できない悔しい・悲しい気持ちで押し潰されそうになります。

そんな時に上司から頭ごなしに叱責された時には「もうこんな施設辞めてやるわ!!」と強く思います。

入所者様の中には、高齢で歩行や動作が不安定であったり、認知機能の低下から危険認識に欠けた行動をされる方もたくさんいます。

危険があることについて説明しても忘れてしまっていたり、ナースコールの活用なく1人で動かれて転んでしまう方がたくさんいます。

注意して対応していますが、四六時中、全員の入所者様のそばにいて行動を見守ることは不可能なため、事故はどうしても起きてしまいます。

介護職として働いて13年間、この悩みが尽きることはありませんでした。
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【特養での体験談】独裁者『経営者』と外国人留学生にも冷たく当たる『ヤバい』リーダー。

本記事では、独裁的な経営者とストレスがMAXの介護リーダーについて紹介しています。

『こんな経営者やリーダーがいるんだ』という感じでご覧になっていただければ…とおもいます。

従来型特養で働いている方のプロフィール

プロフィール
  1. 30代(男性)
  2. お住いの都道府県:千葉県
  3. 介護・福祉歴10年
  4. 現在の特養での勤続年数:4年
  5. 現在働いている特養の従業員数:約200人
  6. 保有資格:介護福祉士
  7. 年収:400万円
  8. 処遇改善手当支給額:19000円

現在働いている特養の給料

私が勤務している施設は千葉の田舎なのですが、そのなかでは給料はよく基本給は17万ほどいただいております。

それ以外に夜勤手当36000円、処遇改善手当19000円、その他通勤や残業などの手当41000円で総支給額が279000円です。

ボーナスは年2回、6月と12月の10日に約30万前後いただけます。

最近では介護職員が不足しており日勤の仕事では上司に頼まれ、1日2時間前後は残業を行っているのが当たり前になってきています。

ただ、サービス残業などはほとんどありません。

特養で働いて『つらい』『大変』だと感じたこと

私は、認知症の方がメインで入居されている棟にて働いています。

当然、ケアは大変になりますし、力仕事も増えます。

また、認知症の方は会話が通じません。

食事のときには「毒が盛られている」と言って食べてくれなかったり、入浴も「殺されてしまう」と嫌がる方も多く、仕事ができないことが多いです。

嫌がる方は当然、抵抗もされるので、顔を殴られキズができたり、メガネが割れてしまうこともありました。

しかし、私は利用者さんが認知症だと割り切ることができるので、『つらい』とは思っていても納得して働くことはできます。

利用者さんの中には、とても可愛らしい高齢者の方もおり、利用者さんが原因で『仕事を辞めたい』と思うことは、ほとんどありません。

また、勤務時間ですが、特養は早番、日勤、遅番、夜勤と時間がバラバラです。

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  • 早番なら7時から16時
  • 日勤は9時から18時
  • 遅番は10時半から19時半
  • 夜勤は17時半から翌日10時半

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となっており、若いころは大丈夫でしたが、年を重ねるごとに疲れが取れないことが多くなってきました。

他にも、現在、働いている特養は、理事長と園長が夫婦の家族経営ですので、基本的に園長の命令は絶対です。

なにか企画を立てる際にはかならず園長のお伺いを立てる必要がありますが、園長がダメだといえば、企画を立て直す必要があります。

そのため、園長の機嫌を損ねないよう、園長が嫌いな色は使わない。

園長が嫌いな演出はしないなど、すべて顔色をうかがって対応する必要があります。

特に大変なのが夏祭りと敬老会です。

先ほども書きましたが、企画を立てる必要があります。

毎年、このイベント時には劇や仮装を行うのが恒例行事で、そのシナリオも毎年職員で考えています。

その職員の選抜も園長が「この人でいいんじゃない?」と言った人に任されます。

拒否権はありません。(ほぼ毎年私がやっています。)

同じ部署のリーダーの態度が最悪!

園長からの指示は煩わしく感じますが、現場にはあまり口は出してこないので割り切ることである程度ストレスは減らせます。

なにより苦痛と感じるのは同じ部署の上司からの暴言です。

1ヵ月ほど前に部署のリーダーが変わり、新しいリーダーは今まで寡黙で話しかけても会話が弾まないような方だったのですが、リーダーになると同僚たちに暴言をはくようになりました。

おそらくリーダー業務に追われストレスも溜まっていたのだと思います。

特に外国人研修生たちに強く当たるようになり、言葉遣いも「仕事増やすなよ!」など荒々しくなっていきました。

部署を統括している方に相談しても改善される様子はなく、同僚内での会話は上司の愚痴ばかりになりあまりいい雰囲気とはいえない状況です。

施設で働くうえで、業務が大変なのはどこも一緒です。

一番大切なのは施設内の雰囲気と、職員同士が信頼できる間柄になれているかだと思います。

最悪うつ病で辞める方も多い職業なので、お互いがお互いをケアできる職場選びが大切です。

まとめ

今回、紹介したかたが方が働いている特養は、残業がある分、給料は良いですが、ブラック施設といえます。

やはり、人手不足が原因で、リーダーの方もストレスが限界になり悪態をつくのだとおもいます。

このような施設に就職しないためにも事前に情報を調べることが大事です。

下記の項目で、ブラック施設に就職しないための方法を紹介しているので、参考にしてみたください。
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病院で介護福祉士として働き、『つらい・大変な事』『やりがい』『辞めたい』と感じたことを紹介

本記事では、病院で看護助手ではなく介護福祉士として働いていた女性の体験談を紹介しています。

病院での看護助手や介護士としての仕事に興味がある方へ、ぜひ参考にしてみてください。

病院で介護福祉士として14年間働いた女性のプロフィール

プロフィール
  1. お住い都道府県:長野県
  2. 介護職歴:17年
  3. 病院での勤務歴:14年
  4. お勤めの法人の従業員数:600人
  5. 保有資格:介護福祉士・社会福祉主事任用資格・保育士
  6. 病院での年収:約300万円
給料の詳細
  1. 基本給 17万円
  2. 手当(処遇改善手当・夜勤手当・その他の手当) 夜勤手当1日1万2千円(経験者優遇)、交通費等、福利厚生あり
  3. ボーナス(支給回数など) 1.5ヶ月×2回
  4. 昇給額 500円/年
  5. サービス残業:あり

病院で介護福祉士として働いて『つらい』『大変』と感じたこと

当時、介護福祉士としての採用は病院では初めてのことで、介護福祉士の扱いをどうするのか、病院側としても私たち介護福祉士も試行錯誤していました。

看護助手がいるのに介護福祉士が入ったことで、業務を区分けしないと行けないということになり、介護福祉士の業務を作りました。

しかし、実情は看護助手との差はなく、ほとんど同じ仕事内容を毎日こなしており、介護福祉士なのに…と辛く思うこともありました。

特に土日の仕事は、看護助手が居ない時もあり、日勤の仕事は看護助手の仕事を介護福祉士がやっていました。

夜勤も看護師2人、介護福祉士か看護助手1人だったので、看護助手の仕事を介護福祉士が担当していました。

病院ならではの『大変』がある

わがままな患者がいて、その人に付き合うのはかなり苦痛でした。

施設とは違い、高齢者ばかりでなく、若い方もいたので接する時にかなり神経を使いました。

体調管理が上手くいかず、更に人間関係でつまずき、日勤だけの病棟に異動になりました。

その時は、外科病棟で2年、脳外科病棟で1年勤務しました。

外科病棟ではターミナルケアの患者様が多く、末期ガンなどで日々亡くなる方が居り、死後処置もすることがありました。

気が知れていた患者様が亡くなると、とても辛かったです。

入退院が激しい病棟だったため、ベッドメイキングが何室も重なると、腰痛がきつかったです。

2人でするベッドメイキングを1人で淡々とこなすのは1人の方が楽でしたが、やはり体力的には大変でした。

看護師からは介護福祉士として扱われることはほぼなく、看護助手と同様の扱いで雑用全般をしなくてはならず、処置に使う器具の名前を覚えなくてはならず、大変でした。

薬のカートを運んだり雑用の毎日でした。

週2回入浴介助があり、機械浴で10人までと決めていた入浴の人数を看護師に増やされ、12人以上入れることもありました。

早番はほぼその業務で残業で、日勤でも終わるのは13時に始めて16時過ぎたりして、待っている患者様からも早くして欲しい、と言われたり、時間の采配等大変なこともありました。

脳外科では入浴介助や手浴、足浴などを中心に、自分たちで計画を決めながら介護福祉士業務にも取り組めるようになりました。

脳外科も特浴(機械浴)だけで1日12人入れなければならない時もあり、早番は残業でした。

その後、回復期病棟へ異動になり長女を妊娠し、日勤だけの業務を続けていました。

後半で切迫早産になって産休予定よりも早くに休みに入る事になり、最後まで仕事に行けなかったのがとても悔しかったです。

この頃は受け持ち患者を決めて、介護施設と同じようにケアプランのようなものを決めて、介護福祉士1人で3人受け持ちを持つ事になりました。

ケアプランを立てるのは大変でしたが、介護福祉士としての業務をできることはとてもやりがいがありました。

電子カルテが導入され、パソコンでの業務になり、パソコンの台数が足らず、記載をしたくても看護師が優先で使っており、なかなか記載ができないこともありました。

長女の育休から復帰して3ヶ月で次女を妊娠し、やはり夜勤は厳しく日勤のみになりました。

次女妊娠で退職を決めており、やはり切迫早産気味で日勤だけでも体力的にきつかったです。

長女を院内の託児所に預けて時短で働いていましたが、周りに気を遣って精神的に辛かったです。

病院で介護福祉士として働いて『辞めよう・辞めたい』と感じたこと

介護福祉士としての採用だったにも関わらず、看護師の初任給を提示されていたことを聞いた時は、騙されたと思い、直ぐに辞めるだろうなと思いました。

給与も一般給で福祉俸給ではなく、組合で福祉俸給に変更するために努力をしました。

しかし、なかなか福祉俸給にならず、8人いた介護福祉士が次々辞めていき、最終的に5人になりました。

また、人間関係が複雑で、施設のように人数が介護士>看護師ではなく、看護師>介護士で、なかなか介護福祉士の仕事を理解してもらえず、看護師が看護助手と仕事を混同して頼んできたり、扱いがあまり良くなかったので日々辞めたいなと思うことはありました。

次女の出産後主人の地元へ帰ることになり、病院を辞めました。

10年以上務めた場所だったので、辞めたいと思うことは多々ありましたが、給与面で言うと施設よりも病院の方が良かったです。
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【クレームでストレス障害に】有料老人ホームの生活相談員が語る。『辞めたい』『大変』だとおもうこと

本記事では、有料老人ホームで生活相談員をしている女性が、実際に働き生活相談員の『大変なこと』や『辞めたい』と感じることを紹介しています。

利用者さんの家族のクレームで倒れ意識を失ったことや理事長によるグレーな行為も暴露している内容で、非常に興味深いので参考にしてみてください。

有料老人ホームで生活相談員をしている女性のプロフィール

プロフィール
  • お住い都道府県:兵庫県
  • 生活相談員歴:5年
  • 有料老人ホームでの勤続年数10年
  • 有料老人ホームの職員数:約150名
  • 保有資格:介護福祉士・社会福祉士・介護支援専門員
  • 年収:約500万円

生活相談員としての給料について

  • 基本給:30万円
  • 手当(処遇改善手:0円 夜勤手当:なし その他の手当:資格手当1万5千円)
  • ボーナス(支給回数など):年間2回
  • 昇給額:1万円
  • サービス残業の有無:有

施設の利益を優先することが『大変』

生活相談員は様々な相談事を受ける仕事です。

そのため、利用者が感じる不安なことや嫌なこと、家族の愚痴などを聞きます。

また、家族からのクレームなども窓口として生活相談員が受けます。

良い出来事の相談はなく、そのほとんどが不安や、不満、悩みなどの人のマイナス面ですので、そういったことばかり聞いていると自分の精神力もマイナスに引っ張られてしまいしんどくなってしまいます。

毎日毎日そのような話を聞くことが仕事ですので、自分の精神面ともきちんと調整を図りながら話を聞くモチベーションを作っていくことが大変だと感じました。

また、生活相談員は権利擁護という面できちんと高齢者の権利を保護していかなければいけません。

しかし、施設の方針と高齢者の権利を守る立場の生活相談員はしばしば対立することがありました。

理事長の犯罪的な行為

以前、私の施設入居しているある高齢者は、非常に裕福で使い切れないぐらいのお金を保持していました。

やや認知症で、身寄りがない方です。

それに気づいた当時の理事長がその方の身元保証をする代わりに、その方に遺言書の作成を勧めたのです。

遺言書の内容としては、もし自分が亡くなった場合、残っている財産は全て施設に寄付するというものでした。

その方はそれを入居の条件とされたので、その条件を飲むしかなく入居してしまったのです。

私はそのことを入居した後に知りました。

当然、私は権利擁護の観点から理事長に意見を申し出ましたが当然反対されました、私も施設の一員です。

そのことを飲むしかできませんでした。

施設の方針と生活相談員の意見は合致しないことがしばしばあります。

その中で、自分をどのように納得させるのかは非常に難しい大変なことだと感じています。

クレームや仕事が多すぎて、生活相談員を何度も辞めようとおもった

私は生活相談員の仕事が好きでしたので、あまり辞めたいと思わなかったのですが、一度だけ本気で退職をするかどうか迷ったことがあります。

それは、日々の業務に追われすぎて体を壊してしまったことです。

生活相談員は相談を受けるだけが仕事ではありません。

送迎をしたり、介護保険請求をしたり、会議資料を作ったりなど非常に多岐に渡ります。

相談員としての専門的な仕事はもちろんですが、それと同じぐらい事務などの雑務的な仕事が多いのです。

そのため施設で働く相談員は非常に多忙なことが多々あります。

私の仕事も非常に多忙でした。

誰よりも早く出勤をして誰よりも遅くまで仕事をするということが日々続いていました。

精神的に追い込まれてしまうことも多かったように思います。

その中で、利用者からのクレームや不安や悩み事などを聞いていると本当に辛くなり、悲しく、うつのような状態になってしまったのです。

利用者の家族のクレームでストレス障害に

ある日、忙しい中ある家族に呼び出されました。

介護職の介護についてのクレームです。

家族の方は非常に怒っており、私に対してもキツイ言葉で叱責されました。

するとどんんどん視界が暗くなり、私はその場で意識を失ってしまったのです。

急性のストレス障害でした。

私はその後2か月ほど休み、仕事に復帰できましたが、自宅で何度も何度も辞めようと思いました。

しかし、元々生活相談員という仕事が好きでしたので、無理のない範囲で復帰できました。

そういった経験があったからこそ、今では多少のクレームも忙しさも慣れているので、少しぐらいの事ではへこたれなくなりました。
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【ショートステイの生活相談員の体験者】『大変』なことや『ノルマ』『給料』について紹介

本記事では、ショートステイの生活相談員として2年間働いている男性の体験者を紹介しています。

生活相談員ならではの苦労や気になる給料詳細などを紹介しているので、参考にしてみてください。

生活相談員としてショートステイで働いている男性のプロフィール

  • お住い都道府県:東京都
  • 介護・福祉歴:14年
  • 短期入所での勤務年数:2年(生活相談員)
  • 対象施設の規模(従業員の人数):200人
  • 保有資格社会福祉士・介護福祉士・介護支援専門員
  • 年収:約400万円
  • 処遇改善手当支給額月0円(社内規定により、介護士にのみ支給。生活相談員は無支給)

ショートステイの生活相談員としての給料詳細について

基本給は20万円です。

住宅手当10,000円。扶養手当は、一人あたり5,000円です。

交通費については、月上限30,000円です。ボーナスや昇給額は、管理者との人事考課によって決まります。

おおむね1年あたり基本給の4.0倍の賞与ですが、人事考課の結果によっては1.5~4.5まで幅があると聞きました。

残業については、事前申請により可能です。

しかし、月の残業可能時間がおおまかに割り振られているため、その時間を超えてどうしても残業が必要な場合はタイムカードを押した後にサービス残業をする事もありました。

急に契約・利用となった場合はサービス残業をしてでも資料作成の必要があったため、サービス残業もありました。

場合によっては、事後申請で超過勤務扱いになる事もありました。

施設側とケアマネの板挟みで『大変』

ショートステイの生活相談員として勤務していました。

特養利用者さんの急な入院による空床にも対応する必要があったため、事前利用予約以外の利用者さんを利用に繋げて、稼働率を安定させる事が求められていました。

そのため、サービス担当者会議に積極的に参加してケアマネジャーさん・利用者さん・ご家族との信頼関係構築に積極的に取り組みました。

事前におおまかな利用者さんの情報を看護師に伝え、その後、重要事項の説明と契約を行うという流れでした。

利用日程が決まると、再度看護師に利用者情報を伝え、施設としての注意事項や、追加で事前に確認して欲しいことを共有し利用に繋げます。

利用前の情報提供では、「はいはい、分かりました。」と聞いてくれていた看護師が、利用が決まった後の再確認時には、「こんな人無理。ここは病院じゃない。ここの介護士のレベルでは受け入れは難しい。」と言葉を並べる事が多くありました。

医療従事者の看護師は、介護士や生活相談員に対して、どうせ医療のことは分からないというスタンスの方も中にはいるため、やり取りはとても大変でした。

事前情報確認をすると、ケアマネジャーさんから「他の所はそんな情報聞いてきませんよ。本当に受け入れてもらえるんですか?」と聞かれ、精神的につらい思いをしたことも多々ありました。

『稼働率』というノルマがプレッシャーで辞めたい感じる

生活相談員の仕事は、直接、介護ではなく、利用に繋げ稼働率を確保するためのベットの調整・フロア介護士との情報共有・看護師との情報共有・栄養士との情報共有・ケアマネジャーとの調整・利用者さん及び家族の希望(ニーズ)把握・食形態を含むADLや基礎疾患の情報収集と資料作成・クレーム対応等多岐に渡ります。

看護師やフロアとしては、できるだけ安定した利用者さんを受け入れたいと思いますが、稼働率を考えるとそうも言っていられない状態でした。

無理をして、利用者さんに危険が及んだり不利益になる事は避けなければなりませんが、受け入れられる可能性を探り情報を集めたり介護対応策を練る日々です。

契約の予定を入れていても、急にクレームの電話が入ると対応しなければなりませんし、ケアマネジャーさんから急に受け入れてもらえないかと打診があればそれにも対応しなければなりません。

昼食中であっても、食堂に内線が来て、呼び出されることも多くありました。

そんな多忙で精神的に疲弊する業務をしていても、毎月の稼働率報告で少しでも稼働率が落ちていると、管理者から「これじゃあボーナス出せないかな。」とプレッシャーをかけられます。

現在も働いていますが、精神的に限界になりそうで辞めたいと日々思っています。

さいごに

『介護職の体験談をもっと見たい』といった方は、介護職の転職メディア『まるっと転職』をご覧になってみてください。

有料老人ホームの介護リーダーが語る。仕事をして『大変』『辞めたい』と思うことを紹介

本記事では、有料老人ホームで介護リーダーをしていた女性の仕事をして『大変なこと』や『辞めたい』と決意した理由を紹介しています。

有料老人ホームで介護リーダーをしていた女性のプロフィール

  • お住い都道府県:神奈川
  • 介護・福祉歴:10
  • 介護付き有料老人ホーム歴:4年
  • 有料老人ホームの職員数:18人
  • 保有資格:介護福祉士

介護リーダーとして働き、大変だと感じたこと

介護付き有料老人ホームだと、まず割としっかりされている方も多く、半分は介助、半分ははぼ要支援程度です。

まず、リーダーをしていて困ったことはワーカー【職員の呼び名】の1日の流れの分担の仕事の役割を決める事が1番苦慮しました。

コール担当、フロア担当、入院介助、レク担当と役割分担を決めなくてはならないので、ワーカー同士合わなかったり、入浴介助は苦手な人や、苦手な利用者が居たり、誰に何を任せるという仕事の分担を考えるのはその日の出勤者によって悩みました。

あとは、利用者さまからワーカーに対して苦情があった時、本人にどう伝えるか、どのように直していくか、指導するのも私が年下だったりして気を使いました。

場合により主任だったり、施設長から指導してもらいました。

利用者同士が合わないで喧嘩もあったり、傾聴して対策を考えたりもしました。

フロアでは席を離す、時間をずらすなど工夫したり、ご本人の生活の質が落ちないよう配慮もしたり大変でした。

食べ物の好き嫌い、ワーカーの選り好みをする利用者様も少なくなく、都度対応したり御家族から伝えてもらったりと利用者さまを平等に見るというのもかなり難しかったです。

しっかりした利用者は、介護の必要な利用者を嫌う方も居ました。

お食事フロアーは一緒なので、食事介助を見てると気持ち悪くなると毛嫌いされる方もいて、見えない位置に移動したり色々工夫しました。

また、利用者の怪我や事故などあった場合、利用者の御家族に説明したり、相談員との間に入ったりする事もあり気を使いました。

必ず定時に上がれないのも当たり前でしたが、負担になってきてました。

介護リーダーして『辞めよう』と決意したこと

辞めようとおもったことは、たくさんありますが、まず一つ目が夜勤が1カ月に9回続いた時はさすがに嫌になってしまいました。

人手が足りないのは仕方ないですが、いきなり休まれたりしたら正職員が基本出ないと行けなかったりしたので、休みなのにいきなり出勤になってしまったりが重なり、自分の時間が取れなくなった時は辛かったです。

お仕事は好きでしたが、やはり休みは休みでしっかり取れる事は最低限のことだとおもいました。

辞めたいと感じたこと2つ目はギックリ腰をやった時は2週間も休む羽目になり、皆に申し訳なくて辛かったです。

やはり腰を使う仕事内容なので、体が資本ですから自分が健康でないと人の面倒はみれないということです。

サポーターベルトを使ってはいましたが、やはり油断は禁物です。

でもこれがきっかけで、経費でサポーターベルトをワーカーに配布することができたので良かったです。

辞めたいと感じたこと3つ目は相談員とまるで合わなかった事です。

現場の現場を知っているはずの相談員が、新規利用者さんをどんどん入所さして、入所の計画を入れ出した時は本当に困りました。

もちろん新規入所も大事ですが、現場に人手がないと回りません。

さらに重度の介護者をショートステイに入れたりと、だんだんと職員からも不満の声が広がっていき、負担が大きくなってしまいました。

施設長の指導もあまり聞かない相談員でしたので、最後は辞めてもらうことになりました。

現場はいつも忙しかったですね。

人手不足が招く事故やサービスの質が落ちるリスクはやはり必ず念頭に入れるべきですよね、どの施設も、ケアマネや相談員で決まる場合も多いので大事なポジションです。

振り返ると辛い事もありましたがやりがいもある仕事でした。